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大阪大谷大学STEAM Lab長の狩谷潤也先生に取材!STEAM教育って難しくない

大阪大谷大学STEAM Lab長の狩谷潤也先生に取材!STEAM教育って難しくない

昨今、注目を集め、文部科学省も推進しているSTEAM教育。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Arts(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの領域を総合的に学習し、問題発見や問題解決の力を育てる教育だということですが、では実際にどんな教育をするのか、いまいちよくわからないという方も多いのではないでしょうか。

大阪大谷大学教育学部は2020年4月に、科学教育を軸とした総合的な教育実践研究施設「STEAM Lab」を開設しました。

そのSTEAM LabのLab長を務める狩谷潤也先生に、STEAM Labの取り組みや実際に教育現場で行われているSTEAM教育、家庭でできることなどについてお話をうかがいました。

Profile

大阪大谷大学教育学部STEAM Lab長・講師
狩谷 潤也(かりや じゅんや)

大阪大谷大学教育学部教育学科専任講師、教育学部 STEAM Lab 長
1977 年生まれ(大阪市出身)
2002 年大阪教育大学教育学部卒業後、大阪市の小学校に赴任。その後、大阪教育大学附属天王寺小学校に勤務する傍ら、2018 年大阪教育大学大学院連合教職実践研究科修了(教職修士)
2021 年から現職

・大阪府教育センター、八尾市教育センターにおける授業づくり研修会講師
・大阪府下の小学校の研修会講師多数
・「ゆうちょアイデア貯金箱コンクール」審査員(ゆうちょ銀行主催)
・小学校図画工作科教科書編集委員(日本文教出版)

大阪大谷大学STEAM Lab

目次

子どもの主体性と協働的な学びを育むSTEAM Labの取り組み

大阪大谷大学教育学部STEAM Lab長 狩谷潤也先生

ーまず、狩谷先生の研究内容について教えてください。

私の専門は、図画工作科や美術科に関わる授業の改善で、とくに小学校の図画工作について、子ども主体の授業に変えていくことを研究しています。そのため、今も週に一、二度は実際の学校現場で小学生を相手に授業を行っており、最近ではICTを活用した授業づくりにも取り組んでいます。

学校現場で感じるのは、今までの教育では対応が難しくなってきているということです。私が教員になった20年以上前とは子どもの質や親のニーズも変わってきています。また国際化も非常に進んでいますね。

ー狩谷先生がLab長を務めておられる「STEAM Lab」では、具体的にどのような取り組みをしていらっしゃるのでしょうか。

STEAM Labは、2020年4月に本学の教育学部に開設された新しい教育実践研究施設です。数学、理科、美術、教育工学、ICTなど、所属する教員の専門性を生かした教育実践に取り組んでいます。

私は美術(Arts)が専門ですので、アプリを活用したアニメーションや動画制作を取り入れた授業を行っています。

たとえば、STEAM Lab主催のシンポジウムでは、色について学べる「色彩ヘルパー」というアプリや、ビジュアルプログラミングアプリの「ビスケット」、アニメーション制作アプリの「Stop Motion Studio」などを使った授業を行いました。ほかにも、一昔前に流行りましたが、Switchと段ボールを組み合わせたNintendo Laboなど、市販の教材も使っています。

文科省の掲げる「令和の日本型学校教育」のひとつが「個別最適な学び」ですが、これは学習者の視点から授業を見直していくことを意味しています。これまで行われてきたいわゆる個別指導との違いは、子どもが主体的に取り組むということに重点が置かれている点ですね。それと同時に、「協働的な学び」も大切です。

文部科学省「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」より抜粋

Stop Motion Studioを例にとると、先生が何かを用意したり最初から全部作ったりしなくても、適当なフィギュアや消しゴム、ペンなど身近にあるもので十分アニメが作れるので、子どもたちは自分からどんどん動いて作っていきます。そうすると今度は、協働が生まれてくる。カメラを回す子、フィギュアを動かす子、ディレクターの役目の子というように、よい意味で勝手に役割分担しながら進めていきます。こういった姿が、これからの学習では大事だと考えています。

役割分担してアニメーションを作る子どもたち

ICTの導入が進められていますが、リアルな学びがあってこそのICTであるので、授業でも実際に絵の具を使って共同作品を作るということも行っています。友だちと協働しながら、悩んだり相談したりすることもSTEAM教育では大切です。

STEAM教育が伸ばすのは「非認知力」

ーこのような取り組みでは、子どもたちのどの部分を伸ばしていくのでしょうか。

テストなどでは測ることのできない「非認知力」ですね。非認知力は、「見えにくい学力(思考力)」や「ほとんど見えない学力(関心・意欲)」のことで、「見える学力」よりも学力の中の大きな部分を占めています。

文部科学省「〈新しい能力〉と学習評価の枠組み」より抜粋

非認知力で大事なのが学習意欲です。どうしてだろうという疑問を持って、自分で探究していこうという気持ちですね。今の子どもたちを見ると、学習機材は充実していても、学習意欲は逆に低下しているように感じます。現代の風潮として、保護者の方も学校も、子どもが失敗しないように先回りしてしまうところがあるので、それが子どもたちに意欲を失わせている原因のひとつになっているのではないでしょうか。

新聞紙を好きなだけ散らかしたり、カッターナイフで切ったりする経験を小さいうちにできたらいいですが、保護者の方としては家が散らかるのは困るでしょうし、カッターナイフも危ないということで、なかなか難しいと感じています。

もう一つはコミュニケーション力です。「社会に出たら、学力よりコミュ力」という話も聞きますが、やはり意図的に人との関わりを促進するようなプログラムを用意してあげる必要があります。その点、アプリを使ったプロジェクト型の学習は、学習を通じてコミュニケーションのコツを培うことができます。

三つ目は問題解決力です。これも、最近の子どもたちは応用の幅がせまくなっているように感じます。たとえば、我々が普通にやっている「ある物で済ませる」ということが、今の子どもたちはなかなかできません。定規がなくても、分度器の直線部分やあるいは本の縁でも線を引くことはできますよね。しかし今の子どもたちの多くは、定規がないと線は引けないと思っています。

非認知力の中でもこの三つの力が非常に大事なのですが、これらの力が子どもたちの中で育成されているのをどのように判断するのかは難しいところなので、まだまだ研究の余地があると考えています。

ー現場の先生たちも対応が大変なのではないかと思います。

これまでは読み書きそろばんを教えていればよかったので、急速な変化に追いつけていないところはありますね。もちろん読み書きそろばんも必要なのですが、それをどう活用するかが大事になってきます。たとえば漢字の書き取りも大切ですが、人に伝えたい感動など自分が表現したいことを表現する力を伸ばしていくと、言語能力は次第についてくると考えています。

いまはもう学校で一人一台端末の環境が出来上がっているので、自分で書くのが難しい子は端末で表示すればよく、ICTをうまく使って、表現力や自分の意思を伝える力、わかりやすく伝えられる力を伸ばしていければいいと思っています。

ーテストで測れない非認知力であるだけに、評価が難しいと思うのですが、どのように評価されているかお聞かせください。

ほかの教科ではなかなか評価規準の設定が難しいというところがありますが、私の場合は技能教科ですので、子どもにこういう姿が見られたら達成というように評価規準を作っています。図工の教科書を見ても、ある題材がどのような力につながるのか、なかなかわかりにくいかと思いますが、たとえばローラーを使ってお絵描きをするのであれば、ローラーを横だけでなく縦に使ってみたり、あるいは手で絵の具をつけてみたりといった姿が見られれば、「工夫」ができていることになります。また、友だちと一緒に取り組んでいれば「協働」ですね。そして何より大事なのは「楽しむ」ということです。図画工作では「楽しむ」ことも目標に入っていますので、生き生きと楽しんで取り組んでいる姿が評価の対象になります。

ー先ほどお話にあった子どものやる気、学習意欲の向上については、先生側からどのようなアプローチをされるのでしょうか。

よくある失敗は、たとえば自由課題で先生が「こんなふうに描いたら魚が描けるよ」と見本を描いてしまうことですね。これをやると、クラスの半分くらいが魚を描いてしまいます。とくに低学年の場合は、子どもたちと一緒にしっかり考える時間を取ることが必要です。導入の仕方は先生の性格にもよりますが、作品作りではなく試す時間をしっかりとれば、子どもの意欲を引き出せるのではないでしょうか。

中学年くらいまでは自分で失敗しながら作っていく経験は大事ですね。それが高学年になると、ある程度予想できるようになるので、試しながら作品作りを目指せるようになります。

ーSTEAM教育では教科を横断することが重要視されていますが、具体的にどのような取り組みをされていますか。

私の場合だとアートですので、図工に数学や理科などの要素を取り入れています。小学校の教科書もそのあたりは意識して作られていて、たとえば磁石を使った工作の単元なら、関連する教科として「理科」が明記されています。

余談になりますが、教科書もICT化が進んでいて、QRコードから友だちの作品が見れたりするんですね。おそらくもう10年以内には紙の教科書はなくなるのではないでしょうか。そうすると1台のタブレットに全学年の教科書のデータを入れられるので、前の学年の内容なども復習しやすい環境になります。

小学校では教員がひとりで全教科を見ますので、教科の横断は比較的やりやすいですが、中学校以降は専門性が高くなっていくので、枝分かれした先の教科間の関連性が薄くなってしまいます。そこは大学からまず変わっていかなければならないので、教育学部ではとくに意識して取り組んでいます。実際の社会では、理系・文系の区別なく知識やスキルを発揮することが求められるため、早い段階で学んだことを総合的に活用していく経験を積み重ねていくことが大切です。

ーSTEAM教育の課題についてはいかがでしょうか。

ひとつは、いま申し上げたように中学校以降は教科性が強くなるので、教科の横断が難しいということですね。それが小学校から中学校に上がるときの子どものギャップにもなっていると思います。

子どもの意欲を引き出すという点を突き詰めていくと、結局どの教科も同じで、「何のために」という必要感があるか、子どもがよく考えているか、押し付けになっていないかというあたりをチェックしていくことになります。

これまでにもロボットを作ったりドローンを飛ばしたりする実践はありましたが、「何のために」という視点が欠けているものが多く、子どもの必要感がなくなり、学習意欲の低下につながりかねませんでした。最近では、プログラミングと工作を組み合わせた実践などもあり、何かを動かすためにプログラミングするといった必要感やわくわく感を刺激できれば、子どもの意欲は高まってくると思います。ただ、ゲームをはじめ、いまはいろいろなエンターテイメントが充実していて子どもたちは刺激に慣れていますから、そこは先生たちの頑張りどころですね。

また、学習における子どものつまずきも意欲の低下につながりますが、たとえば漢字がわからなかったり字が汚かったりというのであれば、タブレットで入力すればきれいな活字で出てきますし、それも難しければ音声入力すればアプリが文字起こししてくれます。せっかく便利な機器があるので、どんどん使ったらいいと思います。

大阪大谷大学STEAM Labでの教員育成

ー教育学部では、教員を目指す大学生にどのような指導をされているのでしょうか。また、目指す教員像を教えてください。

教育学部に来る学生は、非常にまじめで、真剣に教育について考えている子が多いです。その一方で、おとなしくて人とのコミュニケーションに不安を感じている学生も少なくありません。そのため、本学では少人数での模擬授業などの機会を増やして、発表や人と協働する経験を繰り返し積めるようにしています。

教員免許を取得するために必要な単位の授業については、ある程度決められた枠がありますので、大学で大きく変えることはできないのですが、学習指導要領の内容を具体的にどう実現していくのかということは、模擬授業などで取り組んでいます。

教員の指導で大きなウェイトを占めるのはやはり教育実習ですね。私の頃は現場の厳しさを体験するという意味合いもあったのですが、最近は実習校の先生が寄り添って本当に丁寧に指導してくれます。私の受け持つ学生もちょうどいま教育実習に行っているのですが、実習校の先生と一緒に、学生のよい点や課題点などを話し合っています。

大学1年生から学校現場に体験に行かせるのですが、彼らはまだ子ども目線で授業を見ていますので、提出されたレポートを読むと、こちらが学ばされることも多々ありますね。教員になって5年、10年と経つとどうしてもフレッシュさがなくなってしまいますので、教員採用試験がゴールではなく、その先も新しいことをどんどん学び続ける「いい先生」を目指して指導しています。

ゼミでアニメーションを制作する学生

難しく考えず子供の成長段階にふさわしい体験を

ー最後に、家庭で取り組めるSTEAM教育について教えてください。

いまの世の中、たくさんの情報があふれています。本屋へ行って、早期教育で有名大学に入学、というような本を見たら、つい手に取ってしまいたくなるかもしれません。幼稚園で九九を習わせるなど、勉強を先取りさせたいと考えている保護者の方もいらっしゃるでしょう。

私も親なのでその気持ちはよくわかります。しかし、九九は先にやらなくても2年生でできれば問題ないんですね。それよりも、子供の成長段階に合った、そのときそのときにふさわしいことを子どもに経験させてあげるのが大切だと思っています。子どもたちの様子を見て一緒に遊んであげたり、本読んであげたり、私がとくにお勧めしているのは、自然とのふれあいや、おじいちゃんおばあちゃんなどいろいろな世代の人と関わるきっかけを作ってあげることです。

小さな子どもが散歩の途中で何かを見つけて、道端にしゃがみこんでいるのをよく見かけますが、そのときお母さんも一緒になって横で見てあげている。子どもの「あれなに?これなに?」という時期に寄り添って、一緒に考えてあげることはとても大事だと思います。

たとえば私はよく息子とキャンプに行くのですが、たいていいろいろなトラブルが起こります。忘れ物をしたり、備品が壊れたり。でも、そういったトラブルにその場で対応していくことで、問題解決の力が育まれていくんですね。不便や失敗なども一緒に経験してほしいと思います。

STEAM教育というと、テクノロジーや数学など難しそうなイメージがあるかもしれませんが、実は難しいものではなくて、社会との関わりや人との関わりといった体験的なものなんですね。大阪のある小学校では、総合的な学習の時間に、実際の商店街でお店を出す体験をするのですが、商売をしようと思ったら算数は必ず必要ですし、テクノロジーも出てきます。つまり、STEAM教育なんですね。

有名大学に入るのももちろん良いですが、大学を卒業してからのほうがずっと大事です。いまは、いい大学を出ていい会社に入ってという我々親の世代とはだいぶ違ってきているので、社会に出てから働いていくための力を少しずつ積み重ねていくことが大切なんだと思います。

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