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なぜ学校でお金について学ぶのか?同志社大学の足立光生教授に聞いてみた

2022年4月、高校教育において金融教育が義務化されましたが、学校では一体どのようなことを学んでいるのでしょうか?

これまで、お金に関する教育は各家庭に任されていましたが、現在では若い世代の頃から金融リテラシーを身に付けることの重要性が高まっています。

今回は、同志社大学政策学部 足立光生教授に、「なぜ学校でお金について学ぶのか」についてお伺いしました。金融教育が推進される背景や、子どもが社会に出る前にどんなことを学べば良いのか等、金融教育のスペシャリストが語ります。

Profile

同志社大学政策学部 教授(現在、政策学部長)
同志社大学大学院総合政策科学研究科 教授(現在、総合政策科学研究科長)
足立 光生(あだち みつお)

1992年 同志社大学経済学部卒業。外資系金融機関勤務を経て、
1998年 京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。
2001年 京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。
    博士(経済学)。

主な著書(いずれも単著)
・『金融工学を勉強しよう』日本評論社
・『金融派生商品の価格付けに関する戦略的考察』多賀出版
・『テキストブック 資本市場』東洋経済新報社
・『先輩!ビジネスセンスの磨き方を教えてください! 起業からイメージする金融経済教育』 中央経済社

同志社大学政策学部 足立ゼミホームページ

目次

大学生は金融に関してどんなことを学んでいる?

足立先生の研究テーマは「持続可能な社会を真に実現するESG経営とは何か」

足立先生の研究テーマについて教えてください。

私の研究対象は多様ですが、一言でいえば、投資、市場、企業、ならびに金融経済教育に関するものといったところでしょうか。これらは同時に私が大学で教育を行っていく主要テーマともいえます。とりわけ近年ではその中でも、「持続可能な社会を真に実現するESG経営とは何か」というテーマに興味を持って研究してきました。

−そもそもESG投資やESG経営とは何ですか?

ESG投資とは、企業に投資を行う際に、E(Environment、環境)とS(Social、社会)とG(Governance、企業統治)の要素を重視する手法です。2006年に責任投資原則が提唱されて以来、ESG投資は市場において大きな潮流となってきました。また、投資家からのESG投資の受け入れ先となるよう、企業経営はESG要素を加味したESG経営へと変化しています。企業がESG投資を通して持続可能な経営を目指すことは、持続可能な社会への期待にもつながっていきます。

具体的に、研究はどのようなものになりますか。

たとえば私が近年おこなった研究として、企業の気候関連に関する情報開示が企業価値にどのように影響を与えるか、あるいは、人権侵害根絶への企業の取り組みが企業価値にどのような影響を与えるか、といった研究が挙げられます。一番最近のものとして、今年の春に発表した研究としては、企業のジェンダーダイバーシティへの取り組みが株式市場にどのような影響を与えるかについて検証してみました。

こうした研究に興味をもったきっかけは何ですか。

そもそも私が投資や市場に興味をもって研究を開始するきっかけとなったのは、大学卒業後に外資系の金融機関で働いていた時にさかのぼります。そこで資産運用の世界に触れ、その躍動感に大きな衝撃を受けました。金融機関の現場で日々目にすること、触れることの様々な事が面白く、会社から帰った後で自分なりに研究していくようになりました。特にその当時、私が興味を持ったのがデリバティブ(Derivatives、金融派生商品)です。

デリバティブとは何ですか。

従来からの株式や債券を1次的な金融商品として、そこから派生してくる2次的な金融商品をデリバティブと考えてください。基本的なものとして、先物、オプション、スワップといったものが挙げられます。どのように戦略的にデリバティブの価格付けをしたらよいかについて追及していくなか、より体系的に研究したいとも考え、大学院に入学して本格的に研究をスタートさせました。

このように研究を開始した当初では、研究対象は投資に関する技術や戦略が中心でしたが、興味対象も徐々に広がり、現在では持続可能な社会を実現するために、投資の力に可能性を見出し、研究を続けています。

足立ゼミでは「投資家の視点」で実際のビジネスの世界に触れる

足立先生は普段、大学生にどのようなことを教えていますか?

大学生への教育としては、大きく2つに分けられます。一つは講義科目、もう一つは演習科目です。演習科目とはいわゆるゼミのことです。

講義科目では何を教えているのですか。

たとえば「資本市場政策」や「ベンチャー政策」といった講義を担当しています。このような講義では、株式市場やスタートアップ企業についての様々な基礎知識から解説していき、最終的には、現在必要とされている政策とは何かについて受講生に考えてもらう事を目指します。実は、こうした政策を考える際にも、さきほど述べたデリバティブは重要な役割を果たすため、デリバティブ関連の解説には相応の時間を割いています。

また、本日のお話と関わるところですが、所属している大学院総合政策科学研究科では「金融経済教育」という講義も担当しています。これは大学院の講義科目ですが、一定の条件のもとで大学生も受講することができます。ここでは、「これからのこどもたちに必要な教育は何か」について毎回、一定の課題を決めて受講者でディスカッションを行います。大学生からもかなり興味深い発言が出てきます。

もう一つの演習科目、いわゆるゼミではどのようなことをしているのですか。

ゼミは、一人の先生の下で、より主体的に専門的研究を掘り下げて追及していく場と考えていただければよいかと思います。私が担当しているゼミ、すなわち足立ゼミでは、投資、市場、企業について基礎から学びを深め、「投資家の視点」でビジネスの世界を探索していき、最終的には企業への提言や政策提言につながる研究を目指します。このようなゼミについては、おそらく想像されている以上に、アクティブラーニング色が強いと考えてください。

アクティブラーニング色が強いとのことですが、もう少し具体的に教えてください。

おそらく多くの大学生の方にとって、「投資家の視点」でビジネスの世界を探索していくことは、はじめて体験する内容ではないでしょうか。私は、はじめての内容だからこそ、肩の力を抜いて、笑顔で、仲間と助け合いながら取り組んでいく姿勢が必要と考えています。また、そうした姿勢は社会に出た時の大きな財産となるとも考えています。そこで、足立ゼミではグループワークを主体として、企業や施設で現場の人々のお話を聞きながら、あるいは誰もが親しめる投資演習やディベートを行いながら、ゼミの仲間と仲良く、協力しながら、ゆっくりとその内容に取り組んでもらっています。また、ゼミの仲間と一つの目標に挑戦していくなか、「グループワークで自分自身の長所を発見する」ことも目標としています。

では、学生がそのような勉強成果を身につけたことはどのように検証するのでしょうか

勉強成果については、学外に目を向けて、積極的に、ビジネスアイデアコンテストをはじめとした学外コンテストにチャレンジして、フィードバックを受ける事でも検証していきます。

ちなみに、足立ゼミ生が学外コンテストで受賞した成果はこれまで多数にのぼります。ちなみに、足立ゼミ生が全国型コンテストで全国の頂点に立った事例はこれまで3例あります。それらは2020年の日銀グランプリでの最優秀賞、2022年のキャンパスベンチャーグランプリ全国大会での経済産業大臣賞・ビジネス大賞、2024年のキャリアゲートウェイ2023「ビジネスコンテスト」での最優秀賞です。ただし、もちろん受賞する事を目標としているのではなく、目標に向けて仲間と協力して努力する「過程」こそ何よりも重要であることをゼミでは主眼としています。

最終的にゼミが目指しているのは何ですか。

様々なゼミのイベントに向けて一緒に頑張った「仲間との絆」は将来にわたる財産となるでしょう。足立ゼミでは「ゼミのともだちは一生のともだち」を合言葉に、ゼミ生が卒業後にも縦のつながり、横のつながりを維持していくことを目指しています。そこで在学している時からゼミ卒業生と現役生の交流も活発におこなっています。たとえばつい先日も、足立ゼミ恒例のディベート大会を行い、そこで在学生が多くのゼミの先輩からフィードバックを受けたところです。

高校で金融教育が本格化した背景は2つ

国民が金融教育を体系的に受け、自信をもって投資に臨む

さて最近、高校で金融教育が本格的にスタートしました。これにはどのような背景があると考えますか。

2つの背景があると考えます。一つ目の背景として、国民が金融教育を体系的に受け、自信をもって投資に臨むことが必要とされている点です。二つ目の背景としては、そうした国民の投資によってわが国の社会が発展することが期待されている点です。

まず一つ目の背景として「国民が金融教育を体系的に受け、自信をもって投資に臨む」とはどういうことですか?

ご存じのように、これまでのわが国では、学校教育の場で、金融教育が体系的におこなわれることがありませんでした。これは、あくまでも「体系的におこなわれなかった」のであって「全くおこなわれなかった」わけではありません。これまでも、強い志をもつ高校の先生方は金融や投資の基礎力を身に着けさせようと独自の教材に取り組んだり、各種ビジネスコンテストへの参加を指導されたり、証券会社などによるお金に関する外部講義なども取り入れたりしてきました。

そのような取り組みでも十分に意味のあるような気がします。

その通りです。工夫の施された取り組みであれば、高校生にとっても記憶に残り、金融知識として後々まで貴重な財産となるでしょう。その点でいえば体系的な教育であれ、散発的な教育であれ、それほど差はありません。

ただし、実際に投資を行う場合、学校教育の場で「体系的に教育を受けた」事が重要と思います。「体系的に教育を受けた」という記憶は、いざ投資をおこなう時に、あるいはなんらかの判断に迫られたときに、その人にとって大きな拠り所となり、結果的には自信へとつながります。さらに、お金を扱う際には適切なリスク管理も必要であり、そうした教育を学校で受けることは大変重要な機会となります。

投資によってわが国の社会が発展する

なるほど。それでは二つ目の背景として「投資によってわが国の社会が発展する」とはどういうことですか。

従来、わが国では投資の力が軽視されてきました。投資が適切におこなわれなかったために、わが国の企業は適切に発展する機会を失うことが多く、わが国の企業の競争力が低下してしまったことは確かです。投資が本来持つ力をわが国では十分に活用できなかったということです。

わが国が高度経済成長を果たしていた時にはそれでも問題視されませんでしたが、1990年代初頭にバブル経済が崩壊し、その後大変長い不況を経験する中で、われわれは欧米の各国と比べて、投資が社会をけん引していないという事実に気づくことになりました。

やはり、投資の力が必要なのですね。

そうですね。たとえば新しいビジネスプランを掲げてスタートアップ企業が誕生したとしましょう。新しいビジネスプランに対して、融資を行う立場の銀行だけがその優劣を判断するのならば社会の発展には限界があるといえるでしょう。一方、多数の投資家がビジネスプランの優劣を判断する土壌があれば、判断が一方向に傾くといったリスクを避けることもできます。銀行に眠っている多額の預金が投資にまわっていくことは、社会の発展にとって重要です。

社会全体が投資の力でより発展していくためにも、学校で金融教育を受けることが必要ということですね。

その通りです。

お金に関する教育のメリットや今後の課題

ところで高校での金融教育を含めて、一般的に子どもたちへのお金に関する教育のメリット・効果についてどのように考えていますか?

今まで述べてきたことに加えて、「持続可能な社会」を築く上でも意味があると思います。

現代の企業は、持続可能な経営を行い、持続可能な社会に貢献する必要があります。そのためにも、先に述べたESG投資の視点が国民全体に必要とされており、国民が力をあわせて持続可能な社会に本当に貢献する企業を見極める必要があります。そのような長期的判断は誰かががやってくれるものでもありませんし、特殊な機関が行うものでもありません。より多くの国民が投資に参加して、持続可能な経営が間違いなく期待できる企業を選択して、持続可能な社会を築いていく点にも、お金に関する教育のメリット・効果は高いと感じます。

お金に関する教育の課題についてどのように考えていますか?

最初に、近年のこうした教育の展開については大変評価しています。ただし、課題がないとはいえません。一言でいえばお金に関する知識としては、第1ステップの知識と第2ステップの知識があり、後者の第2ステップの知識の普及については、これからまだまだ整備していく必要があると思います。

それは具体的に言うとどんな知識ですか?

様々なものがありますが、その一つが先ほどから触れてきたデリバティブに関するものです。デリバティブは金融工学という数理的な学問を背景としているため、一般的には理解のむずかしいものというイメージが先行しがちですが、それでも理解しておかなければならない関連知識は多いものです。

私たちはどのように取り組んでいったらいいのですか。

今から20年以上前にさかのぼりますが、私が大学院を修了して大学教員となった2000年代初めごろ、世間では個人投資家向けのデリバティブに関心が高まっていました。当時、十分な知識を身に着けていない個人投資家が、個人投資家向けのデリバティブの売買を始めていく様子を垣間見て、私はきわめて強い危機感を覚えました。そこで、今からちょうど20年前の2004年に、『金融工学を勉強しよう』(日本評論社)という一般書を執筆して出版しました。この本では数式を一切書かずにそのエッセンスを解説することにも取り組みました。

それから20年が経ちましたが、今でもデリバティブに関する知識が必要とされていることにかわりありません。わが国では最近でもデリバティブ被害が報じられるなど、教育としてデリバティブの本質を的確に伝えていく必要はさらに高まっています。世の中全体であらためてその点を認識し、適格な教育方法について議論していく必要があります。

子どもたちが社会に出る前にどのように金融知識を身に着けるべき?

世界で一体何が起きているのかを家庭で一緒に考えてみる

さて、そのほかに、小学生や中学生にとって、今後を見据えて準備をしておくことがあれば教えてください。

そうですね。小学生や中学生へ願うのは、企業の活動にできる限り関心を持ってほしいという事です。われわれが生を受けている生活の大半の部分に企業はかかわっています。それぞれの企業が存在する意味を考えていくことは、これからどのような専門を持つにせよ、どのようなお仕事に就くにせよ、大きな力となります。

具体的にどういうことが必要ですか。

まずは一つの企業を選んで、その企業の存在意義を俯瞰的な視点から考えてみてほしいですね。単純に、この企業がつくっている物やサービスはわれわれの生活にどのような付加価値をもたらしているか、この企業はビジネスを通じてどのように社会に貢献しているのかといった視点で企業を調べていくと、経済活動を自らの視点でとらえていく訓練につながると考えます。

−それ以外に、子どもたちに対して日常生活の中で、お金に関する意識を高めるためにどのように接するべきですか。

そうですね。たとえば市場性のある商品に関して毎日確認して、ご家庭で話し合いをしてみるのはどうでしょうか。対象としては平均株価などでも良いのですが、まだお子さんが株式等については難しく感じるのなら、外国為替市場のドル円相場がよいと思います。毎日同時刻のドル円相場を確認しながら、なぜ今日は昨日に比べて円高(ドル安)になったのか、あるいは円安(ドル高)になったのかをご家庭で一緒に考えてみるのはどうでしょうか。「円高(ドル安)あるいは円安(ドル高)の背後には、世界経済でいったい何が起きているか」を考えてみること、あるいは一歩進んで為替相場の変動が生活に与える影響についてご家庭で議論することによって、お子さんが自ら主体的にニュースを確認する習慣にもつながると考えます。

資産形成や投資にとどまらずデリバティブや起業について学ぼう

子どもたちへのお金に関する教育に関して、ご自身の意見や提言をお願いします。

一般的に、お金に関する教育といえば、家計の資産形成や個人で行う投資を支えるための教育とイメージされます。それは誰もが納得されることでしょうが、決してそれだけにとどまるものではありません。

私自身がこれまで大学で実践してきた教育から、また、大学院で「金融経済教育」という講義も担当していることから、お金に関する教育の方向性についてこれまで考えていく機会が多々ありました。そのような経緯から、2021年に『先輩!ビジネスセンスの磨き方を教えてください! 起業からイメージする金融経済教育』(中央経済社)という本を執筆しました。そこにも書いていますが、今後のこうした教育の方向性について2つの見解をもっています。

−1つ目は?

1つ目は、繰り返しになりますが第2ステップの知識、たとえばデリバティブに関する教育のさらなる必要性についてです。先にも述べたように私は20年前の2004年に『金融工学を勉強しよう』(日本評論社)という書籍を執筆して、デリバティブの知識を身に着ける必要性を主張しましたが、当時の思いはいまでも変わりません。デリバティブについては金融工学が下地となるため、確かに難しいイメージが先行しがちですが、それでも本質的な部分については感覚的にも多くのことを理解することが可能です。そこで、世の中であらためてデリバティブに関する適切な教育方法について論じる機運が高まってほしいと考えています。

それでは2つ目は?

2つ目は1つ目とは大幅にかかわりますが、教育として「起業の模擬」の重要性に関するものです。「起業の模擬」とはいうまでもなく実際に起業するのではなく、頭の中で起業してみることです。たとえば大学生がビジネスアイデアコンテストへチャレンジする事も「起業の模擬」のあらわれといえます。

2021年に私が執筆した『先輩!ビジネスセンスの磨き方を教えてください! 起業からイメージする金融経済教育』(中央経済社)でも主張していますが、「起業の模擬」は、起業する人のためにのみ必要なのではなく、ビジネスセンスを身に着けようとする人にも必要と考えています。そして、その際には「投資家を意識する」事を推奨しています。すなわち、これから社会に羽ばたく人にとって「投資をする立場に立った教育」はもちろん必要ですが、「投資を受ける立場に立った教育」も必要と考えます。

子どもを持つ保護者の方へメッセージをお願いします。

「これからの人々が自信をもって社会へ羽ばたくために、学校で何を学んだらよいか」これは大きな課題であり、私もこれまでと同様、大学でたゆまぬ挑戦を続けながら考えていきたいと思います。そして、これを見ている人もぜひ一緒に考えていただけると嬉しいです。本日はありがとうございました。

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